黒い影がひとつ近づいてくる。人間の脳、機械学習、ディープラーニング、そしてショウジョウバエの脳は、この場面をそれぞれ異なる道で処理する。四つの道を並べて流してみて、人が特徴を決めてやる機械学習と、特徴まで自ら学ぶディープラーニングを同じ場面で直接対決させる。最後に、実際の脳でニューラルネットワークに似た計算が確認された事例と、まだ推定にとどまる部分とを分けて整理する。
ひとつの刺激が四つのシステムに同時に入る。段階の数、段階ごとにする仕事、そしてその仕事を誰が決めたのかが互いに異なる。
四つの道はどれも大筋は同じだ。受け取り → 整理し → 判断し → 行動する。違うのは「手がかり(特徴)を何にするかを誰が決めたか」である。機械学習では人が決め(黄色の枠)、ディープラーニングではデータから学習する(緑の枠)。ショウジョウバエの接近検出回路は学習ではなく、発生の過程でつくられた回路だ(ピンクの枠)。進化が長い時間をかけて「決めておいた」ようなものである。
人間の脳の列は、教科書に出てくる大筋だけを写した。実際の脳には逆向きに戻るフィードバック結合が多く、速い迂回路(目から中脳の上丘へ向かう道など)もある。最後の「判断」の段階は、複数の領域が一緒に働くということまでしか分かっていないため、点線で描いた。図の進行速度は実際の処理時間とは関係がない。
感覚ごとに入ってくる器官も、通る道も異なる。感覚を選んで信号が通る道をたどり、段階ごとにどれだけ確かに分かっているかを確かめる。
ニューロンひとつひとつの信号を測るには、脳に電極を入れなければならない。人間では、手術が必要な患者など、ごく限られた場合にしかできない。そのため細胞レベルの知識はネコ・サルのような動物実験から得られたものが多く、人間では脳画像のように広い領域の活動を測る方法に主に頼っている。ショウジョウバエは遺伝子ツールで狙ったニューロンだけをオン・オフできるので、「このニューロンがこの行動に必要だ」を直接確かめられる。このシリーズがショウジョウバエを道しるべにする理由である。
人:特徴を決める → 機械:重みを学ぶSamuel, 1959
12×12マスの白黒の場面2枚(最初・あと)を見て「近づいてくる物体か」を判断しなければならない。人がまず判断の手がかり、つまり特徴を決める。たとえば「暗い面積がどれだけ増えたか」「影の中心がどれだけ動いたか」。288個のピクセルが2つの数に縮まる。
2つの数それぞれに掛ける重みとバイアス、合わせて3つを240個の学習データで学ぶ(ロジスティック回帰)。右の平面の直線がその結果だ。学習が終わったら、初めて見るテスト場面160個で実力を測る。
「機械学習」という言葉を広めたSamuelの1959年のチェッカー(西洋の盤上ゲーム)プログラムも、この方式だった。人が「ゲームに関係がありそうな」判断基準のリストを与え、プログラムは対局を重ねながら、基準ごとにどれだけ重きを置くかだけを学んだ [R11]。何を見るかは人が、どれだけ信じるかは機械が決める。
そのため性能は、特徴をうまく選べるかに大きく左右される。特徴Aでは「部屋全体が暗くなる」場面を接近と取り違える。学習データにそうした場面が含まれていても直らない。2つの数に縮めた瞬間に、接近と区別するための情報がすでに失われているからだ。特徴Bのように、人がその状況を思い浮かべて新しい手がかりを設計しなければ解決しない。このように特徴を考案する作業を特徴量エンジニアリングと呼ぶ。
ピクセル288個 → 隠れニューロン6個 → 接近の確率重み1,741個
特徴は決めない。その代わり、ニューラルネットワークの形(隠れニューロンを何個、何層にするか)を決め、どんな場面を見せるか、つまり学習データを選ぶ。
288個のピクセルをそのまま受け取る。6個の隠れニューロンがそれぞれ「どのマスがどう変われば発火するか」を重みとして学ぶ。中央の図の小さなマス目の絵がその結果、つまりニューラルネットワークが自らつくった特徴である。
ディープラーニングは特徴を人の代わりにデータから見つける。そのため人が思いつかなかった手がかりもとらえることができ、写真・音・文章のように特徴を言葉で決めにくいデータで特に強い。このページのニューラルネットワークは隠れ層がひとつだけのとても小さなモデルだが、原理は層が数十あるモデルと同じだ。層が深くなると、前のほうの層は縁のような単純な特徴を、後ろのほうの層はそれを組み合わせた複雑な特徴を学ぶ [R12]。
ただではない。機械学習は重みを3個、ディープラーニングは1,741個学ぶ。学ぶものが多ければ、例もより多く必要になる。コード2を実際に動かしてみると、学習場面が8個しかないとき、特徴B方式はテスト正解率100%、ピクセル方式は93.9%で、場面が240個になってようやく両者が並んだ。そして「照明の変化なし」で見たように、データになかった状況ではディープラーニングも間違える。特徴を決めていた人の役割が、データを選ぶ役割へ移るだけである。
「ニューラルネットワークは脳に似ている」という言葉がどこまで正しいのか、実験で確かめられた4か所を見る。図は論文の結果を傾向だけ写した説明用の再現であり、実際の測定値ではない。
| 事例 | 実験で確認されたこと | ニューラルネットワークで似ているもの | たとえの強さ |
|---|---|---|---|
| ショウジョウバエ LPLC2 | 四方に広がる動きにだけ強く反応し、遠ざかる動きや動きのない暗転には反応しない。逃避の経路に入力を与える [R6] | 特定のパターンにだけ発火する特徴検出器。セクション3の特徴Bがわざわざ設計したことを、回路が行う | 直接 計算方式(外側の興奮 + 内側の抑制)まで解明されている |
| ショウジョウバエのキノコ体 | ケニオン細胞は複数の糸球体からの入力を、ランダムに近い組み合わせで受け取る [R7]。ひとつのにおいに少数だけが発火し [R9]、学習は出力側の結合で起こる [R8] | ランダムに固定した広い隠れ層 + 出力層だけを学習。3-2 セクション6の「ショウジョウバエ方式」 | 直接 構造が対応する。ただし、ディープラーニングの隠れ層は通常すべて学習する |
| ネコの一次視覚野 | 特定の方向に傾いた棒に強く反応するニューロン [R3] | 画像ニューラルネットワークの最初の層が学ぶ、方向別の縁の特徴 [R12] | 部分 結果は似ているが、つくられる過程が異なる |
| サルの下側頭皮質 | 顔に選択的に反応するニューロンの集まり [R4]。物体認識が得意になるよう学習したニューラルネットワークの上位層が、この領域の反応をよく予測する [R5] | 層を通るほど複雑になる特徴(3-2 セクション4 表現学習) | 部分 予測がよく当たるということであって、同じ計算だという証拠ではない |
データ → 処理 → 学習 → 予測 → 繰り返し。子どもが犬と猫を見分けられるようになる過程と、AIが写真で同じことを学ぶ過程を並べて置く。
| 段階 | 人(子ども) | AI(写真分類モデル) | 大きく違う点 |
|---|
どちらのコードも、Colabに標準でインストールされているライブラリだけを使う。「ノートブック(.ipynb)をダウンロード」したあと、Colabでファイル → ノートブックをアップロードで開くか、コピーして新しいノートブックのセルに貼り付ける。
このページのセクション3・4の実験をそのまま移した。同じ場面で、特徴A・Bのロジスティック回帰と、ピクセルをそのまま受け取るニューラルネットワーク(照明の変化がある学習データ / ない学習データ)を比較し、ニューラルネットワークが自らつくった特徴を図で示す。自分のデータに置き換えるには、コード内の[自分のデータに置き換えるには]と書かれた部分を見る。
実務で使うライブラリで同じ比較をする。学習例の数を8個から240個まで増やしながら、人がつくった特徴(機械学習)と元のピクセル(ディープラーニング)のテスト正解率をグラフに描く。同じサイズで5回ずつ抽出して平均した。
ChatGPT、Qwen、ClaudeのようなAIアシスタントに貼り付けるプロンプトである。「コピー」を押すと、プロンプトのあとに選んだコードが一緒に付く。〔 〕の中を自分の状況に書き換えて使えばよい。
AIの答えは出発点にすぎない。提案された論文・数値・ライブラリ関数は、必ず原文と公式ドキュメントで確認する。コンテストや論文でAIの助けを借りた場合は、主催者や学術誌の規定に従って、使用した事実と範囲を明らかにする。
本文の黄色い点線の下線と同じ辞書である。シリーズ全体で同じ表記を使う。セクション名を押すと最初に出てきた場所へ移動する。
たとえは理解の第一歩だが、誤解の種にもなる。ショウジョウバエ・脳のたとえには強さを示した。直接 実際に同じことをしているという根拠がある · 部分 一部の性質だけが似ている · なし 対応するものが知られていない
| 概念 | 日常のたとえ | ショウジョウバエ・脳のたとえ | たとえが外れるところ |
|---|---|---|---|
| 特徴 | 果物を選ぶときに見る手がかり(色、重さ、におい) | 直接 LPLC2は「四方に広がる動き」という特徴ひとつだけを検出する | ニューラルネットワークが学んだ特徴の多くは、人が名前を付けられる手がかりではない |
| 機械学習 | チェックリストの項目は先輩が決め、項目ごとの配点だけを経験で身につける新人 | 部分 進化があらかじめ決めておいた検出回路の上で、一部の結合だけが学習によって変わる昆虫の脳 | 進化は目的を持って特徴を「設計」するわけではない。長い年月にわたる選択の結果にすぎない |
| ディープラーニング | チェックリストなしで多くの事例を見ながら、自分で基準を立てる見習い | 部分 サルの視覚経路の階層構造と反応が似ている | 反応が似ているということであって、同じ方法で学ぶという意味ではない。脳が誤差逆伝播法を行っているかは確認されていない |
| 層を積み重ねた構造 | 部品を組み立てていく工場のライン | 部分 一次視覚野 → V2 → V4 → 下側頭皮質 | 脳には逆向きに戻るフィードバック結合が多く、一方向にだけ流れるわけではない |
| ランダムな拡張 + 出力の学習 | ロッカーをランダムに割り当てたあと、名札だけを新しく付ける | 直接 キノコ体:ランダムに近い入力、少数だけが発火、出力側で学習 | キノコ体の数千個の細胞と学習信号(ドーパミン)の細部は、ディープラーニングのモデルよりはるかに複雑だ |
| 前処理 | 料理の前の下ごしらえ | 部分 網膜とラミナが明るさの変化を先に整理する | 生物の前処理は人が決めた規則ではなく、感覚器官の構造そのものだ |
| 学習 | 練習して体で覚える | 部分 シナプスの結合の強さの変化 | 何を基準に、どのシナプスを、どれだけ変えるのか、その規則が異なる |
| データになかった状況 | 教科書になかったタイプの試験問題 | なし | 人は初めて見る状況で「分からない」と立ち止まれるが、ニューラルネットワークは自信満々の誤答を出すこともある(セクション4) |
| 確率の出力 | 天気予報の降水確率 | なし | モデルが出した確率が高いからといって正しいとは限らない。学習範囲の外では確率も信用できない |
E-1 著者紹介 · E-2 学術参考文献 · E-3 図の参考資料
講師、実務OJT担当者、チューターのための運営ガイドである。時間は目安なので、実際の授業に合わせて調整する。
| 対象 | AIを初めて学ぶ大学生・社会人・高校生。シリーズの最初の回なので数式なしで読める。Pythonの基礎があればColab実習まで |
|---|---|
| 前提知識 | なし。「ニューロンは電気信号をやり取りする」程度を知っているとよい |
| 学習目標 | ① 人間の脳・機械学習・ディープラーニング・ショウジョウバエの脳が刺激を処理する道を比較して説明する ② 機械学習とディープラーニングの違いを「特徴を誰が決めるか」で説明し、それぞれの限界を例に挙げる ③ 脳研究で解明されたことと推定を区別する |
| 所要時間の目安 | 読む30〜40分 · アニメーションの実演20分 · Colab実習25分(コード1 10分、コード2 15分) |
導入5分(セクション1 近づいてくる影)→ セクション2 四つの感覚 10分 → セクション3・4 照明のわなの対決 20分 → セクション5 事例をひとつ選んで10分 → 確認問題5分。
セクション3・4 15分 →「自分たちの業務データで人が決められる特徴は?」の討論20分 → コード2実習25分 → セクション6の表で「自分たちのチームのAI導入の五段階」を整理20分 → プロンプトカード10分。
入門者はセクション1・3・4・6のみ。中級者には、セクション3の特徴Aがなぜデータを足しても直らないのかを平面の図で説明させたあと、コード1で特徴をもうひとつ自分で設計させる。
| セクション | 立ち止まって投げかける質問 | 操作のコツ |
|---|---|---|
| 1 四つの道 | 「四つの道に共通する仕事は? 誰がその仕事を決めたのか?」 | 「詳しく見る道」をひとつずつ押して、枠の色(黄・緑・ピンク)を比べる |
| 2 人間の脳 | 「嗅覚だけが違う点は何だろう?」 | 視覚を見たあと嗅覚に切り替え、視床を飛ばすことを指摘する |
| 3 機械学習 | 「部屋全体が暗くなると、なぜ接近と取り違えるのか?」 | 特徴Aで「照明が暗くなる」を選んだあとBに切り替え、平面上で黄色い点が移動するのを見る |
| 4 ディープラーニング | 「特徴を決めないなら、人は何を決めなければならないのか?」 | 「照明の変化なし」で学習させて失敗を先に見せたあと、「含む」で学習し直す |
| 5 確認された事例 | 「脳とニューラルネットワークが『似ている』と『同じだ』はどう違うのか?」 | 表のたとえの強さ(直接・部分)を根拠とともに読む |
| 6 学びの段階 | 「AIはデプロイされたあとも学び続けるのか?」 | 「次の段階」で⑤ 繰り返しまで進めながら、表の「大きく違う点」を声に出して読む |
| 誤解 | 正しい説明 | 見せる場面 |
|---|---|---|
| ディープラーニングは人間の脳をそのまま模倣した | 層・結合の強さという骨組みだけを借りた。学び方(誤差逆伝播法)は脳では確認されていない | セクション2の「推定」リスト、セクション5の表 |
| ディープラーニングは機械学習よりいつも優れている | よい特徴が分かっていてデータが少なければ、機械学習のほうが優れていることもある | セクション4の解説ボックスにあるコード2の結果 |
| ディープラーニングには人の手がまったく要らない | 特徴の代わりにデータを選ぶことが人の役割になる。データになかった状況では間違える | セクション4「照明の変化なし」 |
| 機械学習とディープラーニングは別の分野だ | ディープラーニングは機械学習の一分野だ。特徴までデータから学ぶ機械学習である | セクション1の二列の比較 |
| 脳の動作原理はすべて解明された | 感覚経路の大筋は解明されたが、判断と学習の規則は研究中だ | セクション2の点線の段階 |
機械学習(従来の方式)は人が特徴を決め、機械は特徴ごとの重みを学ぶ。ディープラーニングは元のデータから特徴まで機械が学ぶ。セクション3では重みを3個、セクション4では1,741個学んだ。
特徴A(面積の変化、中心の移動)に変換した瞬間、照明の場面は「面積が大きく増え、中心はそのまま」という点になり、接近と同じ側の、さらに遠い場所に置かれる。直線1本では接近と切り離せない。特徴が情報を失っているため、データを足しても直らない。
嗅覚。嗅上皮 → 嗅球 → 梨状皮質へと向かう。視覚・聴覚・触覚は視床を経由する。
どちらも「物体が四方に大きくなること」と「ただ暗くなること」を区別する。LPLC2は動きのない暗転には反応しない。特徴Bは人が設計し、LPLC2は発生の過程でつくられた回路だという点が異なる。
学習データになかった状況(セクション4の照明の変化)に出会うと間違えることがある。初めて見るテストデータで測り、現場で起こりうる状況が学習データに含まれているかを検討しなければならない。
コード1の場面の種類に「斜めに接近」(影が大きくなりながら中心も大きく動く)を追加する。特徴A・Bとニューラルネットワークのテスト正解率がどう変わるかを表にまとめ、その理由を三文で書く。
自分の業務データをひとつ選び、「人が決められる特徴」を3つ設計する。コード2のやり方で、特徴 + ロジスティック回帰と元データ + ニューラルネットワークを学習例の数ごとに比較し、どちらを使うかを根拠を挙げて結論づける。
| 入門者 | セクション2の表とセクション5は飛ばしても流れは途切れない。セクション3・4の「照明が暗くなる」ひとつだけを確実に見せる |
|---|---|
| 発展 | セクション4の隠れニューロンの図で、「最初の場面」と「あとの場面」の重みがなぜ反対の色になるのかを討論する(あと − 最初 = 変化を見るフィルター)。3-2の誤差逆伝播法へつなげる |
| さらに学ぶ | Sangsun Ahn『ビジネスのためのデータサイエンス』講義案(データサイエンス全般) · STEP [K-デジタル] 人工知能 自然言語処理(3-5・3-8と連動) · STEP [K-デジタル] フィンテックデータ分析の基礎(3-6と連動) |
| 講師用資料 | 確認問題の採点基準と課題の解答例は、教育者用解答ページ(3-1)で見られる |
「3-1 AIはどう動くのか」の回を最後まで読みました。研究室のメンバーがひと言ずつまとめてお届けします。